
27年前、イギリスの中等教育学校でのスクールインターンの経験は、当時教育学部の学生だった私に大きな影響を与えました。その後、小学校の教員となった私は、オーストラリアの学校での教育交換プログラムを経て、今のイギリスの小学校教育を見たいという思いがさらに強くなり、今回のイギリス滞在を決めるに至りました。自分の仕事の都合上、1月の1週間という短い間でしたが、この27年間、英語の学習を続けてきてよかったと今ほど思ったことはありません。以前の記憶も頼りとなり、27年前の9ヶ月間に匹敵するほど、イギリスの教育について数多くのことがわかりました。また、これまでの教員生活で感じてきた疑問点について、日本とイギリスとを比較することで、自分の視野や考え方が広がったことを感じました。温かく受け入れてくださり、すべてをオープンに見せてくださったウェスト・ミッドランズ州の研修校の先生方や児童に感謝がつきません。
学力向上、不登校対策、特別支援教育と、教育を巡る課題は様々な国で共通していますが、中でも私が一番知りたかったことは、不登校対策です。イングランドでは、出席率に対して高い目標値があり、子どもが学校に行かない場合は保護者が罰金を払うこともあるという、厳しい政策を耳にしたことがあります。コロナ禍を経て、子どもの学びや学校に対する意識が変わりつつある中で、おそらく保護者だけに責任を負わせることはないだろう、学校としても子どもたちが学校に来たくなるような工夫をしているはず、問題だとは言いつつも高い出席率を保っているイングランドの学校には、どのような秘密があるのだろうか、という思いを胸に、渡英しました。1週間という短い期間なので、私が知り得たことはほんの一部だと思います。そのような中で一番印象に残ったことは、温かい教育環境です。教室にはカラフルで楽しい掲示物、たくさんの植物。常にグループで座るので友達との距離も近く、休み時間にはおやつを食べるので、自然と楽しい雰囲気になります。登下校は保護者同伴なので、登校時には出迎える校長先生と親子で挨拶をし、下校時には担任の先生と保護者が一言挨拶を交わします。「苦情も多いのよ。」と話す先生もいましたが、担任の先生から「今日はこんなことを頑張りましたよ。」と言われ、保護者に褒められながら帰って行く子どもたちを見て、保護者と教員が数多く顔を合わせることも、子どもが学校に通いやすい環境に役立っているのではないかと思いました。
生徒指導に関しては、学校教育目標の活用も大いに参考になりました。「イギリスの学校の先生は、生徒指導や学級経営には重きを置かず、主に学習指導に焦点を当てて取り組んでいる」という話を聞いたことがあり、実際に27年前もそのような印象を受けましたが、今回滞在した学校では、校長先生を筆頭に、先生方お一人お一人が生徒指導にもとても積極的に取り組んでいました。学校教育目標のような扱いであるSchool Rule はShow respect、Be ready、Make safe choicesの3点で、とても簡潔です。しかしこの3つが生徒指導の核となり、あらゆる場面で児童に意識付けられます。授業中に話を聞いていないと、Show respectとBe readyを振り返らせ、休み時間にトラブルがあるとShow respectとMake safe choicesを振り返らせ...。自分の行動を何がいけなかったか、これからどうしたいかをきちんと学校教育目標と結びつけさせ、指導していました。振り返って自分の日常を考えると、学校教育目標はもちろん大切ですが、そこから下りてきた生活目標、学習目標、保健目標、給食目標とたくさんの目標があり、どれも大切でたくさんのきまりを覚えなくてはならない、という感じも受けます。今後の学校教育では、自己指導能力の育成が重要になってきます。すべての元となっている学校教育目標を児童自身も自覚し、それに向けて自己調整できる働きかけをしていく、大変参考になりました。
私は現在、勤務校の学力向上を担当しており、児童の基礎学力の定着や活用力の育成に取り組んでいます。社会によって求められる学力や学力の定義は異なり、各種国際調査の結果が発表されても、国際間で学力の単純な比較はできないと常々感じています。特に、7年前にオーストラリアのシュタイナースクールで教育交換プログラムをさせていただいたときに、強く感じました。27年前にイギリスの中等教育学校に滞在した際には、ドリル的な知識の定着よりも、子どもの思考の過程を大切にし、一人一人の興味関心に応じた学習や調べ学習を重視している印象を受けました。今回は校種が違うこともあり、また違った学習指導の様子を知ることができました。特に驚いたことは、授業時間に対する国語と算数の学習時間の長さです。1週間の滞在中、1年生から6年生まですべての学年を見せていただきましたが、どの学年も午前中は国語と算数の授業しか行っていませんでした。しかも一単位時間が1時間から1時間半と、日本ではあり得ない長さです。現在の勤務校では、一日6コマの授業がある高学年の児童でも、国語も算数も毎日1コマ、45分間ずつしか学習していません。そしてその1時間から1時間半の授業中、1年生の児童もおしゃべりをすることなく、学習に集中しているのです。算数のテキストは、シンガポールの学習メソッドをイングランドのカリキュラムに当てはめて作られたもの、ノートの使い方もシンガポールを参考にしたものと、国際学力調査で好成績を収めているシンガポールの学習の仕方を取り入れているとのことでした。一単位時間の中の学習の進め方がきちんと設定されているところにも、指導者が変わっても児童は同じような指導を受けることができる工夫を感じました。また、朝の学習や読書、単語練習など帯活動を設定し、さまざまな方法で児童の基礎学力の定着を図っている様子がわかりました。探究学習や家庭学習、実技教科の指導など、知りたいことはまだまだたくさんありましたが、国語・算数を中心に学力向上に本腰を入れている様子に、私たちも頑張らなくてはと身が引き締まる思いがしました。
特別支援教育においても、多くの学びを得られました。イングランドではインクルーシブ教育を行っており、個に応じた支援が充実しているという話を聞いたことがあります。滞在中も、学習支援の道具を使っている児童がいたり、先生が個に応じた課題を出したり、ホールで取り出し指導を受けている児童がいたりと、様々な対応が見られました。また、授業に入り支援・指導を行う支援員さんの人数も充実していて、それぞれの児童が達成感を感じられるような工夫をしていると感じました。ワークシートを用いたノート支援は、四分の一の児童が受けているクラスもありましたが、児童はそれを当たり前のように受け入れていることから、このような個別の配慮が日常的に行われていることがわかりました。ただ、先生方のお話を伺うとインクルーシブ教育にも限界があり、様々な苦労をしているようです。児童のやりがい、自己肯定感、保護者の願いなど、様々なことを勘案した上で、児童にとってふさわしい教育を行えるよう、国を超えてみんなで考えていければと思いました。
研修校には2か国語以上を話す児童も多く在籍しており、学校の中で40もの言語が話されているそうです。そのためか、外国語習得に対する意識も高く、児童は数多くの日本語を知っていました。5年生のクラスで日本語や日本文化を紹介する授業をさせていただきましたが、挨拶や簡単な自己紹介など、児童は次々と知っている日本語を話してくれました。また、紙飛行機や折り鶴など、折り紙もとても親しまれていました。そこで授業では日本語の文字に慣れ親しむことをメインとし、片仮名で自分の名前を書くことに挑戦しました。和紙の折り紙で作ったカードに片仮名で名前を書いてあげ、児童はそれをなぞって練習していたのですが、数分後には何も見ないで書くことに挑戦する児童が増えてきました。名前の中に「ツ」や「シ」があると「スマイリーフェイスがある!」と喜ぶ子がいるのは、27年前の研修校(2校)と同じで、懐かしく思い出しました。
研修校の先生方とのおしゃべりはとても楽しく、教員という職業に共通する思いを感じる瞬間がいくつもありました。働く環境、児童の実態、求められている仕事は違っても、子どもたちを思い、豊かな人生を切り拓くことができるよう精一杯応援する姿勢は皆同じです。国を超えて同じ目標をもつ仲間ができたことは、私にとって大きな励ましとなりました。27年前の1回目、7年前の2回目に引き続き、今回もすてきな体験をさせていただき、大変ありがとうございました。それぞれの研修校で先生や子どもたちから学ばせていただいた多くのことは、今後も私の教員生活に大きく影響すると思います。これからも、学び考え続けられる教員でありたいと思います。ありがとうございました。