Interview

映画業界から“庭師”へ

ガーデナー

羽山晶子さんAkiko Hayama

映画広告の​仕事を​20年以上​続けたのち、​イギリスと​ニュージーランドの​庭園で​約1年の​インターン。

研修国
イギリス​(ウェールズ・イングランド)​/ニュージーランド
プログラム
ワーク&カルチャーインターン
研修先
庭園・植物園​(3か​所)
期間
約1年​(2025年8月〜2026年7月)
羽山晶子さんとウェールズのホストファミリー
退路を​断って​臨んだ​海外研修。​一時は​中止の​危機に​追い込まれるも、​あきらめず​踏み止まった​おかげで、​素晴らしい​人たちに​出会うことができました。

皆さま、​今年の​夏は​いかが​だったでしょうか。​お盆休みに​海外に​行かれた​方々も​いらっしゃるかもしれません。​そこで​今回は、​イギリスと​ニュージーランドで​夏を​過ごし、​ガーデニング修業に​挑んだ​羽山晶子さんを​ご紹介します。

羽山さんとの​出会いも​夏でした。​昨年​(2025年)​7月、​私たちが​コラボさせていただいている​国際研修団体”インターナショナル・インターンシップ・​プログラムス”​(以下​IIP)の​事前説明会を​お手伝いした​時の​ことです。​海外での​教育研修に​向かう​参加者が​大半の​中、​羽山さんは​本場の​ビジネスや​文化を​学ぶ”ワーク&カルチャーインターン”と​いう​プログラムを​志望していました。

当時は​未知の​世界に​踏み出す​ことへの​不安を​滲ませていた​羽山さん。​しかし​ご帰国の​報を​受けて​約1年ぶりに​拝見した​その​表情には、​充実感が​あふれていました。

全く​異なる​分野から、​全く​異なる​言語と​文化に​飛び込んだ​羽山さんの、​少しの​失意と​大いなる​喜びに​彩られた​1年を​お伝えします。

庭づくりを​体で​学ぶ

昨年8月中旬から​約1年間、​私は​ボランティアを​含め、​イギリスと​ニュージーランドの​3つの​ガーデンで​研修を​受けました。​いろんな​実作業を​通じて​体に​味や​調理法を​叩き込む料理修業のように、​私は​庭園の​維持管理や​剪定、​植栽、​雑草取りなどに​地道に​取り組みながらガーデニングを​学びました。

8月から​11月に​研修を​受けた​ウェールズの​ガーデンは、​譬えるなら”絶品料理を​提供する​家族経営の​お店”。​RHS​(Royal Horticultural Society:英国王立園芸協会。​世界最大級の​園芸・ガーデニング慈善団体)の​パートナーガーデンにもなっている​個人経営の​庭園で​研修を​受けました。​背後に​ある​丘を​借景に、​花が​咲き乱れる​美しい​庭で​作業を​しながら、​イギリス国内外から​予約で​訪れる​お客さんとの​交流を​楽しみました。

Dyffryn Fernant Garden
フィッシュガード​(ウェールズ)​※提供:羽山晶子さん

その​後​一時​帰国し、​今年​(2026年)​2月初旬から​4月中旬に​かけて​ニュージーランドへ。​現地では​夏に​あたる​その​季節、​私は​南島最大の​都市クライストチャーチに​ある​大きな​植物園で​ボランティアと​して​働きました。​ここは​譬えるなら”様々な​専門家が​出店する​大規模フードコート”。​日本を​含め世界中から​観光客が​訪れる​ガーデンでの​私の​担当は、​バラ園の​バラの​手入れや​雑草取り。​空き時間には​市民農園で​野菜の​収穫を​手伝ったりもしました。

Christchurch Botanic Gardens
クライストチャーチ(ニュージーランド)※提供:羽山晶子さん
Christchurch Botanic Gardens
クライストチャーチ​(ニュージーランド)​※提供:羽山晶子さん

最後に​再び渡英し、​4月下旬から​7月中旬に​かけて、​同国第2の​都市バーミンガムに​ある​庭園で​研修を​受けました。​そこは​国内有数の​プライベートガーデンと​して​名高い、​いわば”世界最高峰の​シェフが​システムや​マニュアルを​作り、​それに​沿って​スタッフが​調理し運営する​お店”です。

John’s Garden
バーミンガム​(イングランド)​※提供:羽山晶子さん

それぞれ雰囲気も​規模も​違う​場所でしたが、​ガーデナーに​付いて​作業を​すると​いう​点は​一貫していました。​異なる​環境のもとで​学ばせていただく、​貴重な​経験が​できました。

そんな​私は​渡英前まで、​会社員と​して​勤務。​しかも​ガーデニングとは​まったく​縁の​ない​仕事でした。

”実家”が​導いた​ガーデニングの​世界

私は​それまで​20年以上、​映画広告の​代理店で​働いていました。​映画館で​流れる​企業CMを​扱う​仕事で、​映画を​上映する​映画興行会社に​「この​CMを​流していただけますか?」と​交渉を​行う​業務を​担当。​もともと​映画が​大好きで、​ハリウッドだけでなく、​インドや​ヨーロッパなど、​世界中の​映画に​関われる​ことが​大きな​喜びでした。

一方、​私は​学生の​頃から、​お寺の​庭園など”和の​庭”が​好きでした。​社会人に​なり、​会社の​仲間と​上高地や​霧ヶ峰などへ​山登りに​行き始めてから、​植物に​興味を​持つように。​しかし​膝を​痛めて​登山を​断念せざるを​得なくなり、​私の​視線は​再び庭に​向き始めたのです。

実家の​庭では、​父が​盆栽を​たしなみ、​母が​バラや​ブルーベリーなどを​育てるうちに、​すっかり​カオスに​(笑)​”​整った​和洋折衷の​庭”に​したいと​思った​ことが、​ガーデニングへの​始めの​一歩と​なりました。

留学か​インターンか?

愛する​庭を​美しく​ – ​その​思いから、​私は​約9か​月間、​週末に​ガーデニングの​専門学校に​通いました。​植物の​基礎知識や​世界の​庭園の​歴史、​いろいろな​植物や​季節の​花を​一つの​鉢や​プランターに​まとめて​植える​”寄せ植え”の​方法などを​学び、​庭園での​作業への​理解が​深まりました。​庭の​デザインや​用途などを​計画する​ガーデンプランの​作り方や​提案の​仕方も​習得し、​庭園を​作る​側の​視点まで​持つことができました。

しかし​学べば​学ぶほど、​日本の​庭の​人工美とは​対極に​ある、​自然さを​演出する​ナチュラルメイクのような​庭づくりの​奥深さを​感じ、​本場イギリスで​ガーデニングを​追究する​道を​模索。​その​過程で​IIPさんの​プログラムを​知りました。

ただ​当時は、​海外旅行に​行っても​何も​話せず、​あいさつすらも​おぼつかない​ほど。​日本を​出る​ことに​大きな​不安が​ありました。​一方で​インターン以外にも、​就職を​見据えた​イギリスの​園芸関係​カレッジへの​留学も​視野に​入れていました。​私は​語学力の​克服と、​カレッジ入学の​ために​必須の​IELTSスコアの​取得を​目標に、​約1年間オンラインで​英語を​学びました。

その間にも、​IIPさんの​プログラム担当である​栗林央さんに​ご相談。​栗林さんは​立場を​越えて、​園芸関連の​カレッジに​入学する​ために​必要な​英語レベルに​ついて​問い合わせてくださったのです。

しかし​希望していた​学校が​他校に​吸収されて​留学生を​受け入れなくなり、​最終的に​インターンシップで​ガーデニングを​学ぶことを​決めました。

足元の​文化を​徹底的に​学ぶ

正式に​プログラムへの​参加を​申し込んだ​昨年4月、​私は​イギリスのみでの​研修を​考えていました。​しかし​栗林さんと​話し合いを​重ね、​イギリスと​ニュージーランドの​2か国で​研修を​進める​ことに。​そして​6月末に​研修先が​決まりました。

出発前、​私は​都内に​ある​六義園などの​日本庭園を​見て​回りました。​西洋の​ガーデンと​比較できるように​する​ために、​まずは​自分の​足元に​ある​庭園文化を​体感しようと​思ったのです。​一方、​IIPさんの​OGの​方が​北海道で​開いた”上野ファーム”と​いう、​日本の​ガーデニングの​聖地と​呼ばれる​庭園も​見に​行きました。

こうして​国内で​できる​限りの​準備を​した​私は、​昨年8月、​イギリス西部の​ウェールズへ。​海辺の​小さな​村、​フィッシュガードに​ある”Dyffryn Fernant Garden”と​いう、​ご夫婦が​運営し、​息子さんが​ヘッドガーデナーを​務める​ガーデンでの​研修が​始まりました。

侘び寂びを​愛する​”オタク”たち

ご家族所有でありながら、​広さは​東京ドームの​半分以上。​ここで​私は、​少人数の​ガーデナーや​たくさんの​ボランティアに​交じり、​研修を​受けました。​重い​植物を​運んだり、​冬に​向けて​ガーデンの​ほとんどの​植物を​グリーンハウスに​移したり、​雑草を​バーナーで​燃や​したりと、​ガーデンを​維持する​ための​さまざまな​作業を​経験。​渡英前に​専門学校で​学んだことが功を​奏し、​言語の​異なる​ガーデナーと​意外にも​スムーズに​作業する​ことが​できたのです。

また、​高い​ユーカリの​木の​枝を​切る​作業なども​ありました。​「自分が​危ないと​思ったら、​安全だと​思う​範囲で​やってくれ」と​言われ、​自己管理と​自己責任のもとで​作業が​任されている​ことを​実感しました。

この​ガーデンでは​週に​1回”プラント・アイデンティフィケーション”と​いう​時間が​あり、​ヘッドガーデナーから​植物の​名前や​原産地、​適した​環境、​特徴などを​教えていただきました。​私は​ノートに​書き留め、​写真を​撮り、​資料と​して​まとめ、​毎週​末ヘッドガーデナーに​提出。​修正を​加えられた​資料を​見返しながら、​自分で​さらに​詳しく​調べ、​知識を​吸収していきました。

羽山さんが​手を​加えた​ことで、​ガーデンの​地面や​ユーカリなどの​木が​見違える​ほどきれいに​整えられた​
※提供:羽山晶子さん

イギリスでは​フラワーショーで​扱われている​ほど、​盆栽が​とても​美しい​ものとして​受け入れられていました。​また​日本では​山や​公園などで​楽しまれている​モミジが、​イギリスでは​観葉植物のように​庭に​植えられている​ことにも​驚きました。

そうした​美意識が​根づく​イギリスだからこそ、​ガーデナーたちは​日本の​庭文化に​強い​関心を​示したのでしょう。​中には​”苔”の​素晴らしさに​ついて​私に​熱弁を​奮う​人も​いた​ほど。​そんな​彼らの、​他国の​文化に​敬意を​払う​姿勢から​「イギリスの​庭園の​歴史を​きちんと​勉強しておけば、​現地で​見た​ものを​より​深く​理解できたのではないか」と、​我が​身を​振り返りました。

ホストファミリーへのお礼レター。diolchはウェールズ語で「ありがとう」の意。
※提供:羽山晶子さん
ホストファミリーへの​お礼レター。​diolchは​ウェールズ語で​「ありがとう」の​意。
※提供:羽山晶子さん

研修中止!?

いったん​日本に​帰国して​新年を​迎えた後、​現地で​夏に​あたる​今年2月、​ニュージーランドへ。​街を​彩る​赤や紫、​黄色など、​ほぼ原色の​花が​咲き連なる​花壇が​目に​焼き付きました。​一方で​その​土地固有の​”ネイティブプランツ”も​大切に​守られていました。

そんな​美しい​花々を​楽しみながら、​私は​新たな​研修先である、​クライストチャーチ市内の​個人庭園へと​向かいました。​しかし​諸事情に​より、​研修2日目に​プログラムが​中断される​ことになったのです。

予期せぬ​事態に、​私は​真っ青に​なりました。​次の​イギリスでの​研修先が​決まるまで、​日本で​待機するか、​ニュージーランド国内を​観光を​しながら​時を​過ごすか・・・

でも​このまま​何も​せずに​終わりたくなかった。​そこで​図書館に​通い、​PCを​たたいては​ガーデニングの​ボランティア活動を​探しました。​そして​市内に​ある”Christchurch Botanic Gardens”と​いう​大規模な​植物園での​週1~2回の​お手伝いが​ヒット。​「これだ!」と、​私は​喜び勇んで​参加しました。

こんな​ところに​日本人!

その​植物園は、​バラ園だけでも​モダンローズと​ヘリテージローズの​2種類が​ある​ほど​大きく、​その​他の​各セクションにも​ヘッドガーデナーが​いました。​私は​2つの​バラ園の​両方で、​夏に​咲き終わった​花を​摘む”​デッドヘッディング”と​いう​作業を​中心に​従事。​空き時間に​無料の​ガーデンツアーに​参加させていただき、​その​歴史や​植物の​由来を​聞いて​勉強しました。

モダンローズガーデンの​ヘッドガーデナーは、​何と​日本人女性。​その​ためバラの​管理方法や​年間の​管理スケジュールなどを、​日本語で​詳しく​教えていただく​ことができました。

空き時間には、​同じく​図書館で​見つけた​市民農園での​ボランティアにも​従事。​いろいろな​背景を​持つ​人たちと​野菜の​収穫や​植え付け、​雑草取りなどを​しました。​ガーデニングとは​直接関係ないですが、とにかく​土に​触れていたかったのです。

収穫した​野菜は​地域の​人々に​格安で​販売。​しかも​各自の​経済状態に​合わせて​購入額を​選べる​サブスクの​システムまであったのです。​作業した​私たちにも、​ささやかな​報酬と​して​野菜を​分けていただきました。​分かち合いを​大事に​する​マオリの​精神に​影響を​受けて​生まれた​その​活動に、​私は​どっぷり​浸かっていきました。

天才庭師の​実験場

そして​迎えた春、​私は​再び渡英。​首都ロンドンから​200キロ北西、​バーミンガムへ​向かいました。

最後の​研修地である”John’s Garden”。​規模が​大きく、​花や​苗木の​生産・販売を​する​ナーセリーも​併設されていました。​週1回、​土曜日だけ​一般​公開し、​苗の​販売で​収入を​得る​代わりに、​入場料は​すべて​チャリティに​回していました。

小規模とはいえシステマチックに​管理が​されており、​水やりは​スプリンクラーなどの​機械を​使用。​ボランティア向けの​マニュアルも​あり、​腰を​傷めない​荷物の​運び方や、​緊急時の​避難場所まで​細かく​書かれていたことに​驚きました。

でも​驚きは​これで​終わりません。​オーナーの​John Masseyさんは、​イギリスを​代表する​園芸家であり、​イギリス園芸界の​最重要人物の​一人だったのです。

RHS​(英国王立園芸協会)の​最高栄誉である​VMH​(Victoria Medal of Honour)を​受賞。​RHS Gold Medalを​数多く​獲得した​Ashwood Nurseriesを​作り上げました。​さらに​園芸だけでなく​チャリティへの​貢献も​評価され、​大英帝国勲章​(Member of the British Empire, MBE)を​受章。​ヘパティカ​(雪割草)​や​ヘレボルスの​世界的権威と​謳われ、​RHSの​植物トライアル​(植物の​様々な​品種を​育て、​各品種を​専門家が​比較・評価する​実地試験)で​審査員を​務めています。

そんな​ジョンさんが​作り上げた​ガーデンには、​彼の​理想が​反映されていました。​「庭づくりに​完成は​ない」と​いう​彼の​哲学のもと、​実際に​毎年​新しい​植物を​並べたり、​逆に​植物の​種類を​減らしたりと、​ガーデンを​常に​変化させていました。​また​彼は、​自らの​ガーデンでも​植物トライアルを​実施。​私の​研修期間には、​菊の​あらゆる​品種を​一度に​育て、​どれが​うまく​育つか​実験していました。

まるで​雲上人のような​ガーデンオーナーや、​彼を​支える​多くの​ガーデナーのもと、​私は​苗を​鉢に​植える​作業を​担いました。​トレイに​新芽を​挿し木し、​約一か​月後に​その​成長を​チェック。​発根した​新芽だけを​苗と​して​鉢に​植えると​いう​ものです。​その苗は​ナーセリーで​販売される​ため、​ひと鉢を​ひっくり返してしまった​時には、​他の​ガーデナーから​「これは​5ポンドなんだから」と・・・。​地道な​作業にも​大きな​価値が​ある​ことを​実感しました。

ガーデナーたちは​植物に​大変詳しく、​その​知識量は​Google以上。​私は​彼らに​できるだけ質問を​して、​生きた​知識を​吸収しました。​休憩時間に​見せて​もらった​彼らの​ご自宅の​お庭の​写真からも、​植物への​愛情や​情熱が​伝わってきました。

ニュージーランドの植物園で学んだデッドヘッディング技術を活かし、ガーデン内の咲き終わった花を摘む。
ニュージーランドの​植物園で​学んだ​デッドヘッディング技術を​活かし、​ガーデン内の​咲き​終わった​花を​摘む。
新しい土への植え替えも担当。株を優しく引き抜き、根を整えたり、根や根の隙間までしっかり土が行き渡るよう植え付ける技術が試される。
※写真提供:羽山晶子さん
新しい​土への​植え​替えも​担当。​株を​優しく​引き​抜き、​根を​整えたり、​根や​根の​隙間まで​しっかり​土が​行き渡るよう​植え付ける​技術が​試される。
※写真提供:羽山晶子さん

ついに​私も​ガーデナー!

この​研修の​集大成と​して​挑戦したのが、​先ほど​言った​”挿し木”でした。​親株から​新芽を​切り取り、​土に​挿して​発根させ、​新しい​株を​増やしていく​園芸技術です。​私が​行ったのは、​ガーデナーさんが​庭園から​切ってきた​枝から​挿し木に​適した​新芽を​選び、​土に​挿していく​作業。​1トレイに​12本ずつ挿し、​それを​5トレイ、​1回に​つき計60本作ります。​1日に​5品種ほどの​菊や​ダリアで​行いました。

枝を​切って​土に​挿すだけと​いう、​簡単な​作業に​聞こえるかもしれません。​しかし、​どの​新芽を​選ぶか、​どの​部分を​どのように​挿すかなど、​発根させる​ための​コツが​必要です。

地道な​作業に​取り組む​私に、​来園した​お客さんが​優しく​声を​かけました。​私の​ことも”この​美しい​ガーデンを​作り上げている​人”と​して​見てくれたのでしょう。​私は​自然と、​自分の​任務に​誇りを​持てるようになりました。​他の​ガーデナーが、​私の​知らない​ところで​お客さんに​「この​ガーデンには​日本人も​いますよ」と​伝えてくれたのか、​ある​時​「Konnichiwa!​(こんにちは)」と​ご挨拶されました​(笑)

ある​日、​菊の​ある​品種の​挿し木で​”発根率100%”を​達成しました。​それを​ヘッドガーデナーが​高く​評価し、​定期的に​挿し木の​作業を​任せていただけるようになったのです。​自分が​身に​着けた​技術や、​その​成果が​認められたように​感じて、​とても​嬉しく​思いました。

羽山さんが手がけた菊の挿し木
※写真提供:羽山晶子さん
羽山さんが​手が​けた​菊の​挿し木
※写真提供:羽山晶子さん

そしてある​日​行われた、​ご来園の​お客さんへの​ガーデンツアー。​ガイドを​務める​ガーデナーが、​お客さんに​他の​ガーデナーたちを​紹介する​とき、​私の​名前も​呼んだのです。

世界トップの​ガーデナーの​弟子たちから、​一人前と​して​認められた​ – 私は​湧き上がる​喜びを​嚙み締めました。​一時は​研修先を​失いましたが、​そこで​あきらめずに​必死に​踏ん​張った​甲斐が​ありました。​言葉が​おぼつかない​私に​辛抱強く​教えてくれ、​天候に​合わせて​仕事の​メニューを​考えてくれる、​そんな​素晴らしい​人たちに​出会えた​おかげで、​私は​人と​しても、​ガーデナーと​しても​成長できたと​思います。

”実家”が​導く​世界への​道

研修を​終えた​今、​私は​個人邸や​公共施設の​植栽を​する​造園業に​就く​ことを​目指し就職活動中です。​前職で​培った​資料作成の​スキルを​活かし、​ウェールズと​バーミンガムで​従事した​ガーデンの​地図を​作りました。​これも​実績に​掲げて”資料も​作れる​ガーデナー”のような​存在に​なれたらと​考えています。

羽山さんが​作った​イギリス2ガーデンの​マップ
※提供:羽山晶子さん

その​先に​ある​夢は​”世界で​活躍する​ガーデナー”。​伝統的な​日本庭園にも、​近代の​和洋折衷の​庭にも​魅力が​あります。​それらの​背景に​流れる​歴史や​文化を​世界に​伝えて​海外の​人たちと​共に​仕事を​する。​一方で​日本では、​数百年前の​建物が​立ち並ぶイギリスで​学び吸収した​庭園や​住宅の​知識を​組み合わせて​「この​家には​このような​庭が​合いますよ」と​提案する​ –

もう​一つの​力作!​イギリス住宅の​歴史資料
※提供:羽山晶子さん

そんな​ガーデナーを、​私は​目指します。​その​第一歩と​して、​まずは​実家の​庭の​手入れを​してみようと​思います!

退職した​我が​選択に​悔いなし

私は​「海外に​行きたい!」と​思ってから​実際に​行くまで​約2年かかりました。​会社の​事情に​より​休職と​いう​手段が​選べず、​もし海外に​行くのなら​退職せざるを​得ない。​しかも​留学と​いう​道が​断たれ、​残るは​インターンのみ・・・

20年以上​働いた​会社。​もちろん​辞める​ことに​躊躇が​無かったわけではありません。​でも​社長が​私の​決断を​すごく​喜んで​「応援するよ」と​背中を​押してくれたのです。

こうして​私は、​一歩を​踏み出しました。​素晴らしい​人たちに​出会い、​たくさんの​ことを​学ばせていただきました。​そんな​私の​選択に​悔いは​ありません。​100%以上​満足しています。

実際に、​私の​周りの​人たちから​言われました。​「私も​あなたのように、​本当は​海外に​行きたかった」​「本当に​日本を​飛び出した​あなたは​すごい」と。​しかし​私自身、​仕事や​収入など​多くの​ものを​守ろうと​していたからこそ、​決断まで​時間が​かかったわけです。​でも​「お金が​無くなっても、​健康で​いさえすれば、​どんな​仕事でもして​稼げばいい」と​思い、​吹っ切れたのです。

その​選択を​した​自分を​信じる。​そして​一度​決めたら​揺るが​ない。​そうする​ことで、​私は​「何を​すれば​良いのか」が​見えてきたのだと​思います。

出典:My Eyes Tokyo​(インタビュー&構成:徳橋功)

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