Kendoが​根付く​大陸

フィンランドで​11番目の​規模の​小都市Poriで、​Kyu

Cupが​開催される。​Tampere、​Espoo、​Helsinki、​Oulu​(道場名は​北風兄弟)​そして​我らPoriの​道場、​Helsinki大学学生、​そして​全日​本剣道連盟の​先生が​率いる​Turku大学留学生、​ロシアから​St.

Petersburg

道場。​昨晩、​会場準備を​する​際に、​更衣室の​表記を​「フィンランド語、​英語、​日本語、​ロシア語にしなきゃあ」と​言っていた​ヤニの​言葉の​通り、​国際色豊かな​大会に​なった。​ロシアは​車で​長時間を​かけて​来て、​昨晩は​合同稽古の​後、​ポリ道場に​宿泊した。​遠路はるばる​来てくれたのに​ロシア国旗を​準備できなかった​ことが​申し訳なく​思う。

現在段位を​取得している​私は​「級」​大会には​選手と​して​参加できない​為、​審判員の​役目を​仰せつかった。​フィンランド人同士であれば、​フィンランド語で​審判を​する。​といっても​初心者の​部で​「Kaksi

Kelta

Men.(面打ち2回!​)」と​指示するだけなので​困難ではない。​ロシア人を​はじめ各国の​留学生も​混じる​ため英語が​基本公用語と​なる。​そして​身振り​手振りも​交えて​「One-step

forward(一歩前へ​)、​Nine-step

apart​(九歩の​間合)」と​選手の​立ち位置を​促したり、​鍔競り合いの​反則を​英語で​説明したりする​以外は​全て​「日本語」の​発声と​なる。​大会には​日本人の​先生が​名誉会長と​していらっしゃる。​剣道国際化の​先駆者と​して、​Finlandで​kendoが​親しまれる​為に​欠く​ことのできぬ​存在と​して​認知されている。

アンナは​銀で​終わった。​ポリ道場では​一週間前から​朝練も​導入し、​気迫充分に​挑んだが​判定制の​基本稽古の​部で​負けてしまった。​誤審ではないけれども​判断基準が​違う​審判の​価値観が​もたらした​結果であった。​名誉会長の​先生も​後に、​アンナが​一番声が​出ていて​打ちも​キレイだったと​褒めてくれた​が、​その​感覚は​日本の​感覚なのだろう。​声と​手と​足が​三拍子揃う​打突​(剣道では​これを​「気・剣・体の​一致」と​呼ぶ)よりも、​手足​バラバラでも​打ちに​威力が​ある​・良い​音が​した​方が​優勢に​なってしまった。​アンナの​兄オスカリも​一回戦で​負けた。​ポリ道場には、​負けて​悔し​泣きする​門下生が​集うからこそ、​私も​続けて​通いたくなる。​とは​いえ​今日の​個人戦は​早々に​敗退してしまったので、​明日の​団体戦に​かける​ことになった。

私は​主審に​入る​前に、​高校剣道で​一本に​なる​基準を​頭から​ぬぐい​去る​ことと、​海外で​剣道を​する​剣士に​とっての​一本は​何なのかを​考えながら​挑もうとしたけれど、​結局​結論が​出せなかった。​先の​基本稽古の​部の​判定が​余計に​混乱させた。​気・剣・体の​一致は?​残心は?​間合いは?​そんな​ことを​考えている​うちに​場外反則で​一本取られてしまう​選手以外、​誰も​一本を​取れずに​引き分けに​なる​試合ばかり続いてしまった。​名誉会長の​御教示を​仰ぐ。​「阿部さんね、​厳しすぎ」

「incentiveを​与える​為には​ちょっとした​良い​当たりも​一本と​しよう。​足と​手が​合い​残心までの​全てを​見たかったのだろうけれど、​そこまで​技術が​あるわけではない。​引き技も​同様で​強く​打てる​子と​力が​ない​子が​一緒に​戦うわけで、​日本のように​低学年の​部、​高学年の​部と​年齢制限を​しないから、​打突部位を​しっかり​見てあげて​当たったら​一本!​審判が​取ってあげないと​「今のは​一本に​ならないのかな」と​子どもは​思ってしまって​次からは​打たなくなってしまう。」​全ての​ヨーロッパ地域に、​日本の​風土で​剣道を​享受した​先生が​いるわけではない。​言葉の​壁を​超えて、​日本人と​して​kendoを​根付かせる​ための​姿勢が​そこに​在るような​気がした。​既存の​価値観を​教えるのは​容易い。​「I

don't think so. In

Japan~」と​いう​押付けだけは​私も​回避したが、​ただ​それには​何度も​何度も​各地で​集まって合同稽古を​開き、​多くの​人間たちと​見解を​統一していく​必要が​あろう。​有段者が​上から​物を​言うのではなく、​選手に​気付きを​与えて​成功体験を​積ませる。​その​信頼が​図らずも、​剣道に​対する​敬意と​愛、​さらには​日本語を​勉強したいと​思う​門下生が​現れる​ことに​つ

ながる。​名誉会長は​他の​フィンランド人審判にも​一本に​なる​打突の​議論を​持った。​それは​指示ではなく、​どう​思ったか​意見を​すく​い取り話し合うと​いう、​紛れも​ない​議論の​場だった。

以降は​翌日まで、​我々審判団は​ガンガン旗を​あげ、​打ち消し合い、​試合後に​反省検証を​行っていった。​Turku大学の​団体戦を​名誉会長の​先生と​共に​見ていた。​「あの​インド人の​女の​子は​10ヶ月前に​始めたばかり。​副将の​彼は​医学部でもう​2年くらい​剣道やっているかな。​すぐ​小手に​行っちゃうんだ、​気が​小さいのかね、​まっすぐが​ーんと​面に​行けば​良いのに。​ほらまーた​小手​行った。​面だ面、​行けっ行けっ!​そうそう、​それで​一本だ。」​小声で​独り言を​言いながら​表情は​楽しげであった。​団体戦は​Ouluの​北風兄弟​(道場名)が​優勝した。​袴の​下に​ヒートテックを​履く​必要も​ない​ほど、​エキサイティングな​1日であった。

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