『最近嬉しかった​こと』

ある​子どもが、​「私、​昨日の​夜に​BBQを​して、​お父さんと​たくさん​話を​したよ。​Junkoが​日本の​地震の​ことや原子力発電の​ことを​教えてくれたでしょ?​それから​授業で​読んだ​HIROSHIMAの​原爆の​ことや化学記号の​ことを​たくさん​お父さんと​話し合ったよ。​すごく​いい​話し合いだったんだよ。」と、に​こに​こしながら​私に​話してくれました。

この​地域は、​オーストラリアの​様に​日本に​ついての​学習が​必要と​されているわけではありません。​でも、​私は​縁あって​この​地域に​来ることができました。​なので、​私は​授業を​する​ときに、​「できるだけ子ども​たちが​楽しめると​いいな。​日本に​興味を​持ってもらえると​いいな。​いつか、​この​記憶が​役に​立つときが​くると​いいな。」と​思って​授業を​作っていますが、​きっと​子ども​たちは、​授業で​私の​話を​聞きそれで​終わってしまうだろうと、​その後の​成果には​期待していませんでした。​なので、​今回​その​子どもの​話を​聞いて、​私は​とても​嬉しかったです。

特に​この​子どもの​場合は、​サイエンスフェアの​メンバーにも​選ばれている​ことも​あって、​そのような​内容が​家でも​話題に​なったのかもしれません。​けれど、​家でも​話題に​してくれる​ほど、​自分の​プレゼンが​子どもに​響いたのかと​思うと、​自分の​今の​活動に​やりが​いを​感じずには​いられませんでした。

ここは​日本人も​ほとんどいない​地域です。​己惚れるわけではありませんが、​もし​私が​この​町にに​来ていなければ、​もし​私が​それらの​プレゼンを​していなければ、​その​子は​それらの​話に​興味を​持たなかったかもしれません。​この​地域では​アジア人は​「異人」でしかないと​言われた​こともあります。​そういう​目で​見られる​ことを​少し​寂しく​思うことも​時には​ありますが、​私に​しかできない​ことが​あるとも​思います。​私が​この​地を​離れても、​子ども​たちの​中に​何か残せるよう残り​2か​月も​頑張りたいと​思います。

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