教えて​もらいたい​ことは、​自分から​働きかける

サンホアキンバレーの​中核都市フレズノに​ある​FOX系列の​テレビ局で​研修を​しています。​日本では、​新聞記者と​して​警察や​裁判関係、​アイヌ民族関係の​記事を​担当していましたが、​映像を​使った​報道に​興味を​持ち、​それなら​一度​アメリカで​修行したいと。​そんな​とき仕事の​現場で​学べる​この​プログラムを​知りました。​将来は​テレビ関係の​報道に​関わりたいので、​ローカルの​テレビ局を​希望。​決まった​ときは​うれしかったですね。

アメリカと​いう​国を​選んだ​理由は​2つあります。​1つは​イラク戦争などで​国際的な​批判を​浴びているけれど、​アメリカ人は​どう​感じているかを​知りたかった​こと。​そして、​もう​1つは​日系アメリカ人に​関する​取材が​したかったからです。​渡米する​ために​新聞社を​退職。​その後は​英字新聞を​ネット等で​読んだり、​インターネットラジオで​アメリカの​ニュースを​24時間聴いたりして​準備しました。​研修中の​会社は​従業員約250人と​あまり​大きくは​ありません。​テレビ局と​いうと​日本では​「ビル」と​いう​イメージが​ありますが、​こちらの​ローカル局は​どこも​平屋建てのようです。

研修先では、​リポーター、​カメラマンとともに​現場にで​かけ、​取材の​補助作業などを​やっています。​インタビューを​する​こともありますし、​映像の​編集作業や​投稿記事の​編集作業なども​やらせて​もらっています。​「やりたい」と​言えば​なんでも​やらせて​もらえる​雰囲気ですね。​勤務時間は、​最初の​3ヵ月間は​午前9時から​午後5時でしたが、​今は​夜10時の​ニュース担当に​なった​ため、​午後2時半から​午後11時と​なりました。

こちらの​人たちは、​働き方が​うまく、​あまり​具合が​悪くなくても​Sick Offを​取り、​自分で​健康状態を​調整しているようです。​休みは​権利と​して​保持し、​絶対に​サービス休日出勤等は​しません。​若い​従業員が​多く、​プロデューサーも​ディレクターも​30代の​女性で、​記者や​カメラマンは​20代から​30代が​ほとんど。​50代の​報道部長等が​一応しきっては​いますが、​結構​自由です。​社員を​激励する​試みも​積極的で、​月に​1回は​「○月生まれの​人の​ための​誕生会」と​銘打って、​社員に​ケーキと​アイスが​振舞われます。​みんな​和気あい​あいと​しているので​楽しく、​同年代の​人が​多いので​話も​合います。

こちらでは、​何を​するにも​待っているだけでは​誰も​助けてくれません。​映像編集を​教えて​もら​おうと​しても、​誰も​指導責任が​ない​インターンには​教えてくれないのです。​つまり​こちらから​積極的に​尋ねる​態度が​必要なのです。​日本では​「誰かが​助けてくれるのが​当たり前」ですが、​こちらでは​そうではなく、​周りも​「何か​聞かれたら​助ける」と​いう​スタンスです。

語学に​ついては、​英語で​長時間​雑談したり、​難しい​国際情勢や​日本の​作家の​作品に​ついて​話せるようになってきました。​こちらに​来て、​I have a feeling that...​(...のような​気が​する)、​Say that again?​ What's that?​(Pardon?の​意味。​こちらで​Pardon?は​聞いたことがありません)と​いう​フレーズを​よく​使うようになりました。​それから​不安で​一杯だった​活動初日の​終わりに​女性プロデューサーに​You made it! と​言われた​ときは​うれしかったですね。​研修終了後は​帰国してまた​報道関係の​仕事に​つきたいと​考えています。​そして​日本在住の​日本語が​あまり​話せない​外国人にも​インタビューできる​バイリンガルの​報道マンに​なりたいと​思っています。

体験談の​一覧へ​戻る