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2012年01月13日・Miwa Minoguchi・ 20代 , オーストラリア , スクールインターン
オーストラリアは日本語教育が盛んで、「外国語」としての日本語がどういう過程でどのような方法で教えられていくのかがわかり興味深かったです。私の赴任校は私立の小中高一貫女子校で、日本語・フランス語・ドイツ語を2年間ずつ学び、その後その中から選択するというカリキュラムを取っていました。第二外国語に対する勉強法や姿勢を学ぶことが大切であって、単語や文法は二の次という方法は日本人にとっての英語教育のあり方を問うものでもあると感じました。「日本語アシスタント」という地位で働いたので、自ら授業案を作り活動する機会はなかったのは残念でしたが、意義深い体験が出来ました。
2011年12月01日・Hideki Watanabe・ 20代 , オーストラリア , 国際教育実習プログラム
学校の授業でネタに困っていたとき、日本のcmが役に立ちます。現在の日本を伝えることもできますし、なにより折り紙などに飽きてしまった高学年の生徒にウケます。自分が関西出身ということもあり、日本の笑いの文化を伝えることもできていいですよ!
2011年05月23日・Rina Okuda・ 20代 , オーストラリア , スクールインターン

こちらに来てもうすぐ2カ月になります。だいぶ環境にも慣れてきて、たくさんの授業案を考え、実践しています。
剣道を授業で扱った時には、最初に全日本選手権の映像を見せ、「礼に始まり礼に終わる」剣道の文化を、武道の精神や侍文化などを交えながら解説しました。そしてそのあとにジムに移動し、実際に竹刀を触らせたりしました。何を勘違いしたか「Ninja!!」と叫ぶ生徒がいたのには笑ってしまいました。

他にも折り紙を体験させたり、子どもの日を題材に鯉のぼりをつくらせたり、日本食を紹介したり、Artの授業のコマを借りて日本のマンガを紹介したり、とにかくたくさんの授業案を日々考え、現地の先生に提出し実践しています。

まだまだ私の英語のスキルが十分とは言えないので、パワーポイントを使ったり、実物を見せたり、たくさんの視覚的教材によって言葉の不足を補うようにしています。
やはり生徒には「実物」に触れさせるのが一番だと思います。


 

長い夏休みが終わり、学校は新学期を迎えました。
2月からはホストファミリーが変わり、副校長先生のお宅にステイさせていただいている関係で、朝早くから遅くまで働かれている忙しい副校長先生のライフスタイルに合わせての生活となりました。お子さんが成人しているので、お家は静かで落ち着いています。また、副校長先生という立場から見る先生とのお話はとっても興味深いです。
あと13日で帰国となります。
今の気持ちはどちらかと言うと、早く日本に帰って自分らしい生活がしたい、今まで吸収したことを教員として活かしたいという気持ちが大きく、焦りもあります。
オーストラリアを離れることは寂しいですが、この1年の学びを日本で子どもたちに伝えていくことを楽しみにしています。

2011年01月01日・芦沢昭子・ オーストラリア , 親子のスクールインターン

普通の主婦が人のために役立つ充実感は、何ものにもかえがたい経験です。

芦沢昭子 オーストラリア Queensland before主婦 スクールインターン3週間 after再度渡航を計画中

英語は中学のとき、"だいっきらい"でした。最初は好きでしたが、文法だらけの授業で、 だんだんわけがわからなくなり、大嫌いに・・・。 ずっと英語のことは忘れていましたが、新婚旅行に行った時、英語がぺらぺらカップルがいて、 「ああ、私も外国の人と気持ちが通じ合えたらな!6年も8年も学校で習ったのに、どうしてしゃべれないんだろう」と、 思ったのがきっかけで、上の子がお腹にいるときから、英語に親しめるよう、教会やアメリカンクッキング等、 なるべくお金がかからないよう工夫しながら、勉強しました。

参加にあたって、一番心配したのが子供達の英語でしたが、全然大丈夫でした(笑)。行った初日の休み時間に、 子供達がパーっと外に皆と一緒に遊びに出てしまって、私は1人教室に取り残されてしまって・・・(笑)。 私も、「お母さんだからって神経質にならないで、子供と一緒に楽しんじゃえ!」くらいの気持ちで行ってしまったせいか、 子供達も病気もせず、楽しく行って来られました。 もちろん、現地では楽しいことばかりではありませんでした。食生活・言葉の壁・生活習慣の違いを すごく感じましたし、やはり戸惑いました。もう、ケンカだってしちゃって(笑)!

だって、言いたいことは言わなければ伝わらないでしょう?だからかもしれませんが、もう、帰る時には別れるのがつらくて、号泣でしたね(笑)。

手作りの鬼のお面をつけて 学校での活動については、順調で、いろいろな事を教えると、すごく生徒達は喜んでくれるし、 普通の主婦が人のために役立つ充実感は、何ものにもかえがたい経験でした。 ステイ先での生活については、校長先生宅にステイさせていただきましたので、 なかなか忙しい家庭でした。 時には、ご飯をお鍋で炊いたりして・・・(笑)苦労をしましたが、今ではよい思い出です。  言葉については、最初の1週間は辞書を引き引きでしたが、もう後の方では、面倒くさくなって、 殆ど引かなくなってしまって・・・でもそれがよかったのか、必要なく話せるようになりました。 日本に帰ってきてからは、あまり話す機会がないことが、ちょっと寂しいですね。

子供への英語教育はやはり、小さいときからやったほうがいいと思いました。なぜなら子供は 耳がいいからです。現に下の子の方がnativeな発音をします。次の年にカナダに旅行にいったんです。 その際アクシデントがあり、トランクがなくなってしまったのですが、子供が係員の人との通訳を してくれました(笑)。 今、子供達にも引き続き英語を勉強させています。 下の子は「将来オーストラリアにお嫁に行くんだ一!」と、言っています。自分の子供達が、 たったの3週間ではあったけれど、海外での生活を通して、何を感じ、何を彼らなりに見たか?

一生の宝物にしてくれたら、本望です。

2011年01月01日・加藤淳 24歳・ 20代 , オーストラリア

まじめ英語の呪縛がとけた。

加藤 淳 24歳:オーストラリア before自動車販売会社勤務 スクールインターン6ヶ月間 after中高一貫私立校・英語教員に

いつかは英語教師にと、不安を抱えて飛び込んだ。

日本の小中高校に当たる約400名の学校で研修しました。一日10コマある授業のうち、半数程度は一人で教壇に立ち、小学生に日本文化、中高生に日本語を教えました。が、会話に悩むこと1カ月。「正確な英語」の呪縛が解けたのは、自分に求められているのが正確な英会話ではなく、様々な日本の話なのだと気づいてからでした。聞き取れなくても臆せずにSorry?と言えるようになり、肩の力が抜けました。こてこてのオージースラングもどんどん使いました。Fair dinkum(ほんとだって)、No worries, mate(どうってことないよ)、Good onya!(よくやった)など、日本人の私が使うと笑いが取れるのです。ジョークはうまく言えなくても、一緒に笑いたい時に便利でした。自信がつけば、英語力も自然に伸びます。

習字の作品を得意気に持つ生徒 英語力に加えて、現地の学校で一人で教え切った自信が、今の私を支えています。渡豪前に日豪の文化や歴史、地理等を調べ、現地では日本語の授業を通じて日本語や日本人について考えたことも、視野を広げてくれたと思います。今は日本の学校で教えていますが、この体験に基づく話が、生徒の気持ちを引きつけるようです。頑張ってよかった。心からそう感じる日々です。

朝礼の後、生徒達と学期末を迎え、リラックスした雰囲気のスタッフルーム

世界最大の砂島フレーザー島にて一日ファームステイを体験


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