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スウェーデン

第7回目「日本のスクールライフと教育システム」
小中学校の日常生活や時間割、部活などについてパワーポイントで説明した。
質問やコメントをその都度小グループでディスカッションをした。
「スウェーデンと日本の違うところや似ているところ」を質問したりコメントをシェアしたりしながら授業を行った。彼らは学校で生徒自身が掃除をすることや一日の学校生活の時間が長いこと、放課後の部活などが違っていることに驚いていた。
スウェーデンでは自分の選択している授業の時間に登校し、授業が終われば帰宅する。自分のしたいアクティビティがあれば放課後に別の場所に出かけるようだ。
先生たちも自分の授業が終わればご帰宅する。特に金曜日は2時ごろから人が少なくなり3時ごろには空っぽになる。冬は3時すぎごろから暗くなるので帰宅は早いようだ。日本のようにどこかに飲みに行くような文化はなく、家に帰って食事をして家族で過ごすのが一般的。

第8回目「日本人の着物ライフについての説明と着付けのデモンストレーション」
始めに簡単な着物の歴史や日常生活や祝い事での着物、着物がSDGsであることなどについてパワーポイントで説明し、その後は、男性用の浴衣、女性用の紬に半幅帯、豪華な振袖と金糸銀糸の袋帯も見せ、実際に着てみたい生徒に着せた。6人の生徒がモデルになってくれたので、順番に着つけるのに30分近くかかった。先生にも一人振袖を着付けて差し上げた。

第9回目「書道作品作り1」
水半紙での練習は以前実施したが、実際に墨を使って書き、作品にするのは初めて。実施の前にあらかじめ、作品を「原爆の子の像」に持っていくので、平和に関する言葉、友情や幸せなど自分の思いを表すことばを決めてくるようにと伝えておいた。容易に探せるよう、小学校で使っている実際の教科書や漢字ドリルなどを見せてその中から選んでもよいようにしたり、実際に私が手本を書きそれを見て書くようにしたりした。

書写は手本をまねて書くのだということを指示したが、筆順については特に指示しなかったので思い思いに書いていた。名前も小筆、筆ペン、カラー筆ペンなどを自由に使って書いてもよいことにした。原爆の子の像に持っていく用、自分の家に持ち帰る用、学校に展示してもらう用の3枚を書くように指示した。

第10回目「書道作品づくり2」
先週書いた書道作品に折り紙で装飾した。折り紙を使って折った、折り紙作品を思い思いに飾っていた。これらの作品を学校に飾ってもらうととともに、原爆の子の像に千羽鶴とともに持参するつもりだ。
また、この日が最後なので3か月にわたった授業の感想や思いをレポートにした。作品を貼って記念撮影をして最後の授業を終了。

第11回目(特別支援スモールクラスでの授業)
特別支援教室のスモールクラスで書道の授業。
この日はサンタ・ルチアのセレモニーが教会であり,町内のすべての児童生徒が教会の聖歌隊の音楽を聴きに行った。サンタ・ルチアはキリスト教の女性殉教者で12月13日は彼女の聖名祝日。この地方では祝日ではなく、毎年このイベントに参加する。サンタ・ルチアは女性のサンタクロースのような存在だそう。イタリアのサンタ・ルチアがどうしてスウエーデンに根付いたかは誰も教えてくれませんでしたがこの地の人たちにとってはとても大切なイベントのようである。

そのセレモニーから帰って書道の授業。生徒たちは漢字やカタカナに興味を示し、名前をカタカナで表現したものを見ながらアルファベットとの違いを尋ねたり、何度もカタカナを書いたりしていた。
漢字は私が書いたモデルを見て、真似をして書くのだということを示すとしっかりとしたタッチで全員が書きあげた。心、和、友、美、平和、仁など・・・を選んで書いていた。(先生も書いてくださいました)
これらも一緒に原爆の子の像に持っていくことを説明し、折り鶴のいわれについてもハンドアウトを作って説明した。

10月の初めに地元の広報の方が私へのインタビューに来られた。なぜスウェーデンの中学校に来たのか、日本とスウェーデンの教育の相違、学校の印象、日本文化の授業について、スウェーデン文化の印象などを聞かれた。それが先日、記事として掲載された。
事前にインタビューに来られることは知らされてはいたが、何について聞かれるのかわからないので、勝手に想定して問答を作成しておいた。予想通りの質問だったが、話の内容から発展して意見を聞かれたり深堀されたりしたので、教育用語を覚えておいたり、印象や感想など瞬間的に英語で応答できるような英語力は必要だと痛感した。



スウェーデンでの暮らしも2ヵ月目ともなるとすっかり慣れてきました。毎週火曜日の日本語クラスも順調に授業が進みました。
10月24日は簡単な茶道を体験してもらいました。日本から持って行ったお干菓子は美しいし、ハロウィンなど季節感のあるお干菓子だったので人気でした。このお菓子はどこで買えますかと聞いてくる生徒もいました。お抹茶でお薄を点て、器型の紙コップで試飲してもらいました。初めての人の感想が気になりましたが、概ねおいしいという感想でした。実際にお薄を点てる体験がしたい生徒には体験をしてもらいました。茶筅の扱いやお湯の温度、器の形状などのせいか、泡だてるのは難しいようでした。

10月29日から11月の1週目は学校の秋休みになります。また、この日から冬時間になりました。先生たちは初めの2日間は研修会があるので出勤しておられましたが先生たちは水曜日からが休暇です。
休暇は明けたのですが校長先生は風邪をひいて寝込みました。学校内も生徒も先生も風邪とかコロナで休んでいる人が多くなりました。しかもマスクをしている人は一人もいません。

11月最初の授業はヒロシマと原爆の子の像、そして折り紙での折り鶴の作成です。毎日のようにウクライナやイスラエルの戦争についての報道があるため生徒も今回の授業は関心を持ってくれました。ヒロシマ、ナガサキのことをよく知っている生徒もいました。
授業ではなぜ折り鶴が平和の象徴なのか、さらに千羽鶴を折ることの意味を原爆の子の像の由来とともに話しました。同じ年頃で原爆によって亡くなった佐々木禎子さんに思いをはせ、平和を祈りながら折り鶴を折ってくれました。
単に折り紙の折り方をレクチャーするだけでなく折り鶴の意味を教えることで平和への思いを新たにしてくれました。「みんなが折った平和への願いがこもった折り鶴を原爆の子の像に持っていくよ。」と話すと折った折り鶴に自分の名前を書き込んだり、平和への思いを書いたり、たくさん折りたいから紙をくださいという生徒もいて嬉しい限りでした。千羽には届かないかもしれませんが何かの形にして持っていきたいと思っています。

校長に続いてホストブラザーそして私も風邪をひきこの週は一週間休まなければなりませんでした。しかし何とか回復し、月曜日からは学校へ行くことができました。早速火曜日から授業でしたが大きな声で話すこともできないので日本の伝統的な玩具で活動してもらうことにしました。
お手玉、紙風船、けん玉、独楽、福笑いや紙相撲などやり方を動画で見せて全種類を体験できるように譲り合いながら体験してもらいました。一番の人気はけん玉です。私が勤務する広島の廿日市市はけん玉の発祥の地とされていて毎年けん玉ワールドカップが開かれています。その時の様子を動画で見てもらうと、高度なテクニックでけん玉を操る様子を、関心を持って観ていました。 
終わりには、日本のじゃんけんのやり方を教え、私に勝った人から関心のある玩具を持ち帰ってもらいました。人気は紙風船でした。今回の授業は活動が主でした。活動させることによって日本により関心を持ってくれると思いました。

生活が慣れてくるにしたがって、もっとスウェーデン語を勉強しておくべきだったと後悔しています。今までは様子を見たり、授業を見学したり、自分の授業は英語でしたりすることで事足りていました。もちろん先生方も生徒も英語で話しかけてくれたり、私も英語で返答したりしてはいますが、もっと踏み込んで先生方の中に入り、先生方の話や、生徒たちが話す生の声を聞き取るにはスウェーデン語が理解できなくてはならないと痛感しています。スウェーデン語はあいさつ程度しか練習していなくて、英語が通じるということに甘えていました。現地の言語をある程度勉強しておくことも必要だったと感じています。

私がいるのはHjoというヨーテボリから車で1時間半ぐらいのところにある小さな町です。私はここの中学校で研修をしています。
日に日に寒くなり生徒たちの中には風邪をひいて欠席している子も出始めました。

学校は8時に始まります。時間割も決められたものではなく生徒の選択で各教室に行って授業を受けるスタイルです。生徒は何も持たずに登校します。授業に必要なものはタブレットだけです。必要なものはすべて学校に備えられており,すべて無料です。(スマホは,授業中先生が預かっています)
ここスウェーデンではスマートフォン,ラップトップがないと生活できません。(電車にも乗れません。)先生もラップトップを持って授業に行きます。

Hjoでは特別支援教育に取り組んでおり,町内の様々な立場のボスが集まる会議や,校長たちの会議,また,いろいろな機関と連携をするミーティングにも参加させてもらいました。
先生たちも一人一人に合ったきめ細かい教育をするべく研修をしたり,一人一人の生徒を先生やサポートスタッフが共有したりする小さなミーティングをいつもしています。もちろんスウェディッシュフィーカ(ケーキやお菓子と一緒のコーヒータイムでスウェーデン人には最重要)をしながらです。

ここでの校長先生は教師ではありません。これにはびっくりしました。ここでのプリンシパルは日本でいう校長先生とは全く違い,学校や先生たちをまとめる(日本の校長とは異なる)代表取締役?みたいなポジションのように思います。ビジネスっぽいのです。ですから町内の学校の予算のことや施設,人事など重要事項に常に関わり子供たちや先生方のために奔走されています。常にお忙しくされています。

日本語や日本文化を教える授業はこれまでに3回行いました。毎週火曜日の一単位時間で,生徒は自由に来ることができる時間を設定してもらっています。
1回目は日本の概要や簡単な日常会話の練習をしました。日本のことをよく知っている生徒もおりましたが,知らなくて興味を持ってくれた生徒もいます。校内で会うと「こんにちは」と挨拶してくれる生徒もいます。私は逆にスウェーデン語で返し,生徒に発音を確かめてもらったりしてコミュニケーションをとっています。

2回目は日本の食文化についてレクチャーやクイズなどして,その後箸の使い方を練習したり,キャンディを箸でつかむゲームをしたりしました。最近この町にも寿司レストランができたので箸を使くうこともよく知っていて上手に使う生徒もいます。
3回目は書道に親しみました。生徒の名前をカタカナで表記しました。生徒はそれを見ながら水半紙に水で練習しました。漢字にも興味を持つ生徒もいて,次は実際に墨で書きたいという生徒もいました。

やりたいことは何でも言ってくださいと校長に言われているのでいつも相談に乗ってもらっています。4回目の授業の後,再来週から一週間,生徒は秋休みになります。火曜日には楽しい企画をして,その後の秋休みを楽しんでもらいたいと思っています。

もうすぐすべてのプログラムが終わりになります。この3ヶ月は本当にあっという間でした。スウェーデンの保育園では、英語を話すことができない子供達とどのようにコミュニケーションをとり、心の距離を縮めていくかが最大のポイントでした。いろいろ試行錯誤の日々が続き、最終的には子供達が予想以上に日本の文化、特に折り紙に興味を示してくれ、最後の1ヶ月は「おはよう!今日は折り紙する?」と聞かれる毎日でした。子供達が楽しそうに折り紙をしてくれて本当に嬉しかったです。6月後半は、人々がバケーションに入り始める時期で、すなわち先生や子供達と少しずつお別れをしていく月でもありました。滞在は本当にあと少しですが、ホストファミリーとの時間を楽しみたいと思います。
スウェーデンの時間の進み具合がとてもゆっくりなことにまず大変驚きました。私は日本の中でも都市部の生まれなので、小さな町で静かな時間を過ごしていることに感動しています。ホストファミリーも町中の人も誰も急がずゆっくりで、対する私は何かに終われるようにせかせかと歩いていることに気がつきました。日本では、電車を逃すまいとか、人の流れが早いとか、遅刻しそうだとか、何かと常に早歩きをしていたのだと思います。滞在し始めて2ヶ月が経ちますが、だんだん気持ちがスウェーデン人に近づいてきたような気がします。何にも急がず、fikaを楽しむ余裕を持てています。保育園に通わせていただいていますが、スウェーデン語である程度のコミュニケーションを取れるようになってきたので、最近また心の距離がぐっと縮まった気がします。
研修中は、やりたいことをどんどん言って、許可をもらえたら遠慮なく実行することが重要だと思います。
うまくいかなくて当然、それでもいい経験になる、やらなければ後悔する。
日本での場合よりずっと寛大に受け入れてくれるはずです。

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